2011年11月04日

本物


「みなさん今晩は、テレビ教養講座のお時間です。

 本日は、東都大学教授狸小路先生のご自宅から生放送

でお送りしております。

 今回は、本物に囲まれて、というテーマで狸小路先生

にお話しいただきますが、まさに先生ご自身が、本物に

囲まれた生活を実践されておいでです。

 では、狸小路先生、よろしくお願い致します」


「みなさんご機嫌いかがですか。狸小路です。

 まずは、お話しに入る前に、お恥ずかしいものばかり

ですが、私のコレクションから、高麗の壺や雪舟の掛け

軸などをうしろに置かせて頂きました。

 手前味噌になりますが、生花は妻が生けたものでして、

その花器も妻が選んだ物です。彼女の本物を見る目には、

私も一目置いております。

 このような本物に囲まれた生活をしていますと、人間

も本物に近づいていきます。そんな意識を持ちましょう

と、まあそんなお話しをさせて頂こうと思っております。

 ただし、本物とは申しましても、ここにあるような高

価なものである必要はございません。金額はどうであれ、

本物は本物です。

 まず、大切なのは本物を見分ける目を養うことです。

 次に、その本物を手元に置いて生活をすることです。

そうすることで、その人自身がより本物に近づいていく

んです。

 本日、なぜ、このようなお話しをするかと申しますと、

にせ物が氾濫しているという現状と、そこに何ら違和感

を持たない人が増えてきた、ということに非常な危機感

を持っているからです。

 たとえば、100円ショップです。

 長引く不況の中、100円ショップの存在価値は十分

に認めております。生活に必要なものを安く手に入れる

という点において多くの方が利用されているのも頷けます。

しかし、にせ物を多く世の中にばらまいている、という点に、

もっと意識を持って欲しい、とも思っています。安いん

だから何でもかんでも100円ショップで買えばいい、と

安易に考えるのはやめて欲しい、と言いたいのです。

 もちろん、安いものはすべてにせ物だ、と言うつもりは

ありません。100円ショップの中にも本物があるのでし

ょう。しかし、明らかに100円で売ってはいけない、とい

う物もあります。そんなに安く作ってはいけない物、という

事です。

 私は、それをにせ物、と呼んでいます。そんな物は買う

べきではない。

 安いから、という理由だけで買い集めた、にせ物に囲ま

れた生活をしていると、その人自身が100円の価値にな

ってしまうのです。

 もう少し、判りやすく話しましょう。

 たとえば、床の間に置いたこの花器です。花器はこのよ

うに花を飾り心を豊かにするための物です。そういった物

には、もっとお金をかけるべきだ、と言っているのです。

もちろん、このような高価な花器である必要はありません。

あなたにとって、1000円が花器に出せる限界だ、とい

うのならそれで良いでしょう。

 しかし、一番安いんだから100円ショップで花器を買う、

という事だけは、絶対にやめてください。いくつもの店を回り、

1000円の花器をじっくり品定めし、その中で、もっとも良

いと思う物を買いましょう。そうやって本物を見る目が育って

いくのです。

 視聴者のみなさん、何かひとつでいいから本物を持ちましょう。

 もちろん、安くて結構ですから、本物をまずはひとつ。

 ささやかな心の贅沢を持ちましょう。このことだけは、絶対に

忘れないようにしてください。

 そして、少しずつ本物を増やしていこう、という気持ちも持ち

続けてください。

 余裕がなくて、ひとつだって無理という人は、今は仕方なく

100円のもので我慢しているんだ、そんな気持ちは忘れずに

持ち続けていて下さい。そんな思いがいつの日か必ずあなたの

ところへ本物を・・・」


「あっ先生、お話しの途中ですが、ちょっと失礼します。おい、

早くその壺を片付けてくれ。」


「おい、君、失礼じゃないか。私の許しもなく、いきなり・・・」


「先生、すみません。実は今、視聴者の方からクレームがはい

りまして。あの壺は偽物だとの・・・」


「バ、バカ言っちゃいけない。この壺は銀座の有名古物商から

手に入れたもので」


「クレームは、かんでも鑑定団の島中正介先生からでして。

素人でさえ、ひと目で偽物とわかるそんなものをいつまでテレビに

映してるんだ、もうおたくの番組には出演しない、といたくご立腹

だそうでして、先生、すみません。

 あ、ついでに、そっちの掛け軸も一緒に持って行ってくれ。」


「その雪舟は、東都博物館の飯山館長の鑑定済みだぞ。」


「その飯山館長から先ほどお電話があったそうで、先日の鑑定結果

に手違いがあったそうで、大変申し訳ない、とのことでして・・・・

 えっ、何?

 それを先生に渡して欲しいって?

 あの先生、只今、奥様からメモが届いているそうなんですが。」


「君、代わりに読んでくれないか。」


「あの、今、ここで読み上げてしまってよろしいんでしょうか。」


「ああ、構わん。頭の中が真っ白で、読めそうにないんだ。」


「そうですか、では失礼して

 あなた、放送中にごめんなさい。今日、放送があるのをすっかり

忘れて、100円ショップで買った花器を床の間へ飾ってしまい

ました。ちょうど今、テレビに映ってたんでビックリしました。

何か不都合なことがあったらごめんなさい。でも、100円とはいえ

物は悪くないわよ。

とのことです。」


「そうか、ありがとう。しかし、これが100円で買えるのか。

よくできてるね。工場で大量生産をしているにしては・・・

いや、まてよ。これは明らかに手作りだ。

しかも、なかなかのできじゃないか。これほどのものを100円

で売っていいのか。」


「正確には消費税を入れて105円で売ってます。

 100円ショップでも、手作りの物がよく売れますから、

ほとんど、海外で作らせています。人件費は驚くほど安いんです

けど、たくさん作ってますから、そこらへんの陶芸作家より、

いい物つくるんですよ。だから、最近の100円ショップもだいぶ

良いものが増えてきましたよ。素人目にはほとんどわかりません。

 買う方だって、同じ100円出すんなら、よりよい物を選ぼうって

真剣ですよ。

 では先生、ちょうどお時間となりました。本日のテレビ教養講座は、

にせ物に囲まれて というテーマでお話し頂きました。

 来週のテレビ教養講座は、狸小路先生体調不良の為、お休みとさ

せて頂きます。

 狸小路先生、ありがとうございました。」





posted by saru at 09:56| Comment(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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