2011年12月03日

万年筆


「井原、主人が私たちのこと疑っているようなの。

おまえには何か言ってこなかった?」


 恵子は、ブラウスのボタンを留めながら聞いた。


「はい、奥様。社長からは、何も」


「そう、まだ大丈夫なようね。しばらくお前とは

会わないほうがいいようね。」


 スカートに足を入れた恵子は、ファスナーを上

げながら答えた。


「奥様、これ何だと思います?」

 と、井原はバックから古ぼけた万年筆を取り出

して言った。いかにも年代物の何か訳ありに万年

筆にも見える。


「お宝の万年筆?何千万円するとか?」


「残念ながら違いますが・・・使い方によっては

それ以上かもしれません。


 実はこの万年筆を持つと、手が勝手に動いて、

自分が考えていることを正直に書いてしまうん

です。」


「何バカなこと言ってるの。そんな万年筆あるわ

けないじゃない。」


「もちろん、そんな万年筆はありません。」


「井原、私をからかっているの?あまり面白い冗

談じゃないけど。」


「手が勝手に動くなんて誰も信じませんが、ひと

りだけ信じそうな人物をご存じないですか?」


「主人のこと?」


「そう社長です。」


「たしかに最近、急にオカルトとか霊媒師とかお

かしなことに凝りだしたけど・・・だから何な

の。井原、何か企んでるの?」


「奥様、この万年筆の使い方なんですが、私が社長に

この万年筆をお渡しして・・・」

というと井原は恵子のスカートの中に手を滑らせ

てきた。


その手を押さえながら恵子は言った。

「ちょっと・・・風邪気味なんだから・・・今日

はもう・・・」


「万年筆の使い方、教えて欲しくないんですか?」


「もう、井原ったら・・・」

恵子は押さえていた手を放した。




 翌日、恵子は夫の山城に書斎へ呼ばれた。

 書斎へ行くと、葉巻を吸っていた山城は、アゴ

でソファーに座るよう指示した。


 目の前の机には、便せんと見覚えのある万年筆

が置かれていた。


「恵子、その万年筆を持ちなさい。」

 笑いたい気持ちを押さえて恵子は万年筆を手に

した。


「そして私の質問の答えをこの紙に書きなさい。

恵子、お前は浮気をしているな。相手は誰だ!そ

こに名前を書け!」


 井原との打合せどおり、女優になりきった恵子

は迫真の演技で万年筆を持った手を振るわせた。


「あっ、手が、手が勝手に、いっ痛い!」


「恵子、無理に手の動きを止めようとすると痛み

は強くなる!あきらめて力を抜きなさい」


 皮肉な笑みを浮かべながら恵子の手元を見てい

た山城は、そこに書かれた文字を見て表情を変えた。

 便せんには震える字で


 浮気なんてしていません  私は死にます


 と、書かれていた。


「け、恵子。許してくれ。疑った俺が悪かった。

死なないでくれ。」 

山城は、恵子を抱き寄せ必死に叫んだ。

 恵子は、今年の主演女優賞は私だ、とつぶやいた。




「もしもし、井原?私よ。

主人は今、家を出たところ。うまくいったわ。

あなたの考えた通りだったわ。

そして私の演技が最高だったから!

 そう、完璧に信じてるみたい。

 あれから、何度も謝ってくるし、死なないでく

れって、もううるさくって。

 風邪をひいてるんだろうって、薬を置いていっ

たわ。こんなこと初めてよ。高い漢方の薬だって

言ってたわ。赤い包み紙も高級そうなの。

 けちんぼの主人にしては、本当にめずらしいわ。

 私たち、しばらくは大人しくしていましょう。

 しばらくはね!

 じゃ、また電話する。その間に浮気なんかしち

ゃだめよ。」





 山城が社長室にはいると、間もなく、井原から

報告があるといってきた。

 山城は、すぐに井原を社長室へよんだ。

「さきほど、奥様からお電話がありました。私の

演技は最高だったから社長も信用なさったと」


「ふん、最低の演技だったよ。信じる振りをする

こっちが苦労した。」


「風邪薬をもらったと喜んでおいででしたので、

私からも、きちんとのまれたほうがいい、と言っ

ておきました。」


「そうか。それならうまくいきそうだな。

 しかし恵子もバカな女だ。

 男遊びくらいだったら、目をつぶってやって

いたのに・・・。

 ご苦労だったな。嫌な思いをさせてしまった」

と言った山城は懐から分厚い封筒を取り出し、井

原に渡した。


「とんでもございません。いい思いをさせて頂き

ましたから。」


 その日、帰宅した山城は、警察に電話をした。




 警察は、「妻が死んでいる」との通報により急

行し、すぐに現場検証を開始した。

 死亡したのは山城恵子、遺書が見つかっており、

遺体の側に毒物が入っていたと思われる赤い包装

紙が落ちていた。

 警察では自殺と見て、その夫から事情を聞くこ

ととした。

「はい、確かに妻の筆跡です。昨夜、私が恵子の

浮気を疑って問いつめてしまいました。恵子を死

なせたのは私です。」






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posted by saru at 22:12| Comment(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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