2011年11月26日

既視感


歳のせいか四時には目が覚めてしまう。

すでに小腹が空いているのは元気な証拠か。

なにか食べようと台所に降りると、堪らず

ストーブに火をいれる。

このところ急に冷え込んできた。

冷蔵庫を覗くと、ハムにチーズ、缶ビールまでが

目に入ってくる。

誘惑を振り切り、ここは健康を考え、リンゴを取

り出す。

一緒にいれた珈琲を飲みながら、リンゴを一口頬

張る・・・・何かが足りない。

そうだ。

モーツァルトの弦四 20番。

朝にモーツァルトはよく似合う・・・

んっ、ちょっと時間が早すぎたか。

外はまだ暗く、モーツァルトが浮いている。

まぁいいか。



トントントン。階段を降りる音がする。

やってきた。

我が家の居候、メスネコの空ちゃん。

三毛で推定三才。

私が起きると、必ず甘えにやってっくる。

猫には好かれるタイプらしい。

できれば人間の方がありがたかったが。


先日も私が帰宅すると、脱いだ靴に顔を突っ込ん

でいた。

風呂に入ろうとすると、脱いだパンツに顔を突っ

込んでいる。

惚れてくれるのも嬉しいが、その匂いフェチはち

ょっと・・・加齢臭が好きなのか?



ニャーニャー、ニャーニャー。

今日も始まった。

私をお膝にダッコして!

無視するといつまでもニャーニャーやっている。

ヒザの上にのせると甘えた声でニャンとひと鳴き。

グルグルとのどを鳴らして、アンモナイトのよう

に丸くなる。

寒い時期には、ありがたい。



ピーンとした静けさの中、

ストーブの上のヤカンから

緩やかに湯気がのぼる。

空ちゃんの温もりが気持ちいい。

グルグル、ゴロゴロ。

モーツァルト。

チェロの低音が響く。


242.JPG













私は長く続く土壁の小径を歩いている。

そこからのぞいているみどりが清々しい。

懐かしい場所だ、またやってきた

と私は思っている。



土の壁が切れた辺りに、小さな石橋がある。

その先には苔むした庭が見える。

ツゲの櫛のような形をした欄干、これにも見覚え

がある。

私は通い慣れたようにその橋を渡り、石畳に足を

いれる。

まっすぐに切られた敷石と、自然のままの敷石が

交互に細長く配され、その左右には濡れて光る苔

や低木が鮮やかに広がっている。

そのまますすむと、やがて見えてきた人家へ案内

も請わずに入った。



私は床の間を背に座っている。

かすかに衣ずれの音がすると

部屋の前で止まった。


障子が静かに開くと、座した和装の女が両手をつ

き、頭を下げる。

顔をあげた女は

潤んだ目でこちらを見つめている。


また会えたね、と私。

こんなに美しい女性と知り合えて

なんて幸せなんだ。

着物姿が美しい。

とても似合っていると思った。

この柄、どこかで見たなぁ・・・。



女は部屋に入ると、私のすぐ横に座った。

心臓が動きを早める。

とてもいい香りがする。

懐かしい香りだ。

女は私へと身体を預け、会いたかった、と呟く。

私は女の肩に手をまわし、力を込める。

心臓が激しく動き出す。



ドックン、ドックン

ゴロゴロ、グルグル・・・心臓の音に混じって妙

な音が聞こえる?

と、女はサッと私のヒザの上にのり、アンモナイ

トのように丸くなった。

そして、長い舌で私の手を嘗める。

ザラッとした感触。




そこで目が覚めた。

ヒザの空ちゃんが私の手を嘗めている。

思わず手を引っ込めた私。

こちらを見上げる空ちゃんの目が潤んでいる。

あっ、あの着物の柄は・・・三毛柄!




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posted by saru at 09:27| Comment(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

幸せ


会社から二時間、立ちっぱなしの電車に揺

られ、自宅のある郊外の駅へたどり着いた。

ホームに降りたった人々とは、自宅での僅か

な休息を経て、翌朝には、顔を合わせる。


私は、改札を出た。

右へ曲がるとすぐにコンビニがある。

そこに、男はいた。

男は、家路を急ぐ人に次々声をかけている

が、人々は、避けるように通り過ぎていく。

チラシ配りか、と思った。

しかし、よく見ると、ヒゲが伸び、服も

汚れている。

ホームレス?


男は声をかけてきた。

「幸せを買わないか?」

「幸せ?」

「そう、幸せ。

今日だけ、五千円にまけておく。

このところ売れなくて、昨日から何

も食べていない」

男は『おふだ』のようなものをヒラヒラさ

せている。

私は人助けのつもりで

「これで美味しいものでも食べてよ」

と、五千円を渡した。

男は、何度も頭を下げ、『おふだ』を手渡しなが

ら、有効期間は一年だから、と言った。

有効期間かぁ、

私は、おかしく思いながら、『おふだ』を

財布に入れた。

そのまま『おふだ』のことは忘れた。



一年後、その日も二時間かけて、自宅のあ

る郊外の駅に着いた。

改札を出ると、見覚えのある男がいた。

「どうだった。幸せな一年だっただろう」

「いや、一年前と何も変わっていない」

「幸せは目には見えない。心で感じるだけ

だ。とにかく、去年は『おふだ』を買っても

らって助かったよ。

おかげで美味しいものが食べられた。

今年も五千円でいい。

今日から一年、また幸せに暮らせる」


ふざけるな。

私は、即座に断った。

『おふだ』などと馬鹿なことを言わず、お

金に困っています、と正直に言ってきたなら

考えないでもなかったが・・・。

それでもしつこく買えといい、最後には、

来年もここにいるから、と言った。

来年だって買うつもりはない。

財布の中の一年前の「おふだ」は、有効期

間も過ぎたことだし、近くの木の枝に結んだ。

 ん?

 これは、おみくじ?

 まあ、どうでもいい。



それから間もなくして、突然、私の昇進が

決まった。妻はサッカーくじで六億円を当て、

息子は都心の超難関高校に合格した。

去年、五千円で買ったのは、不幸せだった

らしい。

昇進のお陰で忙しさは増したが、格段に年

収も増えた。通勤や息子の通学時間も考え、

都心に億ションを買った。

仕事は更に忙しくなった。

深夜帰宅の早朝出勤は当たり前になった。

妻は、近くに話し相手がいない、空気が悪

くて息子が喘息気味だ、などとぼやくように

なった。 

昨日も妻が、息子が学校を休みがちだ、と言うので、

それはお前の責任だ、と大声をだしてしまった。

妻は、ただ泣くばかりだった。



欲しいものを手に入れれば幸せになれると

信じていた。仕事の成功と都心の億ション、

そして家族。みんな手に入れたのに。



結局、私は体を壊し仕事を辞めた。

億ションを売り、自宅のあった郊外へ戻った。

最近は、妻と、近所の農家へ手伝いにいっ

ている。収入は減ったが、食べきれないほど

の野菜が無料で手に入る。

息子は地元の高校へ編入した。昔の級友達

は息子を温かく迎えてくれた。喘息の発作も

収まっている。



そして、あの日から一年。

郊外の駅は、何も変わっていない。

男が立っていたのも、あの時と同じコンビ

ニの前だった。

「『おふだ』、今年も五千円でいいのかな?」

私は男に尋ねた。

男は優しく微笑むと

「『おふだ』はもう必要ないでしょう」

と言って、指を指した。

そこには、手を振る妻と息子の笑顔があった。

posted by saru at 22:55| Comment(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

ペット


ペット「安楽死」 悩む自治体


       日朝新聞 ××11年10月5日


 自治体の保健所や動物愛護センターでは、毎

年20万匹を超すペットたちが最期を迎えてい

ます。飼い主の都合で捨てられるペットは、今

も少なくありません。

 動物愛護団体は「できるだけ苦しませないで」

と訴え、処分方法をめぐる論争が起きています。

 動物たちの「安楽死」、あなたはどう考えま

すか?

140.JPG








「ねえ、あなた。また産まれちゃったんだけど、

どうする?」


「避妊手術、まだ受けさせてなかったのか」

新聞から顔を上げた猫田は、妻のたま恵に言った。


「手術代けっこうするのよ」


「それでも、奥さん連中とランチする金はある

んだ」


「なによ、それ。だったらあなたの爪研ぎセッ

トだってどうなのよ。わざわざ特注で作らせた

りして」


「保健所へ連れて行けばいいじゃないか」


「最近は処分するペットが増えたから、簡単に

引き取ってくれないのよ」


「なら、川へ捨てちゃえよ」


「嫌よ、可哀想で!あなた捨ててきてよ」


「だったら、はじめから飼うなよ」



 たま恵から押しつけられた箱を手に、猫田は

近くの川へ向かった。


 箱の中には、産まれたばかりのペットが2匹

入っていた。間もなく消える運命だと気づいたの

か、火のついたように泣き叫んでいる。


 猫田はひとり、つぶやいた。

「産まれた星が悪かったんだ。

 違う星に産まれていれば、もっといい暮らし

ができたかもしれない。俺を恨むなよ!」


 猫田は箱を川へ放り投げた。


 オギャー、オギャー。


 泣き声は更に大きくなり

 水の中へ消えていった。


 オギャ・・・・


 しばらく川を見つめていた猫田は、簡単に毛

づくろいを済ますと、家路を急いだ。






posted by saru at 18:30| Comment(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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